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ゆるんだ思考で、日常の疑問を、一緒に考えてみませんか?

今日の疑問:人を心配する人はやさしい!?

ご訪問いただきありがとうございます。

 

巷では何日も前から、マスコミがせわしなく台風情報を流しているそうです。

台風情報の本当の目的は何だと思います?

いつものように

誰かにとって不都合な情報を隠すためのスピン情報?

それとも僕ら一般大衆を不安にさせ煽ること?

 

地域によって違いますが、台風が去った後、報道が事実だったのかどうかがわかりますね。

 

 

今日の疑問:人を心配する人はやさしい!?

 

 

不安そうな表情で、感情を煽るような言葉を選び、何かを伝える人を“やさしい人”と言ったり

“人を思いやれる人”などと表現されることがあります。

「子供のことが心配じゃない親なんていない!」なんて言葉も何度となく耳にして来ました。

このようなタイプの方を“愛情が深い”とか、“精神性が高い”と表現(評価)する人もいます。

これ、ホントでしょうか?

 

僕は随分前から、自分のことも人のことも心配することがありません。

また、心配されるのが大嫌いです。

なぜなら、心配は余計なものしか連れてこないからです。

望まないことを実現しようとするからです。

だって、思考が実現するんだもん。

心配ごとが実現したら嫌じゃん!

自分のことならまだしも、頼まれてもいない他人のことを心配するってどういうこと?

当事者が望まないことを、他人が「実現しますように。」って言っているのと同じです。

 

 

人を心配するっていうことは、やさしさではありません。

お節介であり、介入です。

 

 

「人を心配する」と言っても、個人個人の考え方・解釈があることは理解しています。

また、心配する人とされる人の関係性などで違います。

心配してもらっていることが嬉しいとか、ありがたいと思う人がいます。

言う側も、そう思って言うのでしょう。

しかし、“心配”は余計なものしか連れてきません。

なのに、心配することを良いことと思っている人・心配することが好きな人は

何もなければ「何もなくてよかったね!」と安堵し

まるで、自分が心配していたから何も起こらなかったみたいに言っています。

それ、大きな大きな勘違いです。

 

ひと月程前、足を引きずることさえ満足に出来ない自分が居ました。

ありったけのエネルギーを使って大汗かいているんですけど、一歩が10センチ位だったりするんですよ。(苦笑)

意味不明のゲーム?障害物競走?でもしているように・・・(苦笑)

最寄り駅まで行くのに通常の3~5倍の時間がかかるんですよ。(大汗)

もしかして、「タクシー使った方がよかったかも」なんて思います。(笑)

何をするのにも必死!?だったかもしれません。

必死をやめたはずの自分が、周りから見たら「必死」に見えたかもしれません。

 

いろんな人に「大丈夫(ですか)?」と声を掛けられました。

掛けられた言葉は同じ「大丈夫?」という言葉なのです。

けど、この言葉に乗っかっているエネルギーはそれぞれ違うんですよ。

人によって、ビックリするくらい違うんですよ。

簡単に言えば、「軽い」か「重い」かの違いです。

心配している人のエネルギーって深刻で重いんですよ~。

それってホントしんどいんですよ。(泣)

普段なら簡単に対処できるし、スルーもできるのに

身体の向きを変えることすらままならないその時の自分にとっては

対処するどころか、その重たいエネルギーをまともに食らうんですよ。(大泣)

大袈裟だと言われるかもしれませんが「“心配”という重いエネルギーで僕を破壊する気かよ~」

って心の中で叫んでいることもありました。(大泣)

こんなに「嫌だ!やめて!」というエネルギーを出しているのに伝わらないの?って・・・

 

 人の心配をするというのは、相手のエネルギーを奪うことでもあります。

相手が望まないことを実現しようとすることでもあります。

どうしてそうするのか?

自分自身のエネルギーが枯渇しているからです。

満たされていないからです。

今(自分)を生きていないからです。

だから、相手からエネルギーチャージしようと心配します。

だから、「一緒に不幸になりましょう。」と心配をします。

 

これは、自分自身がやってきたことなのでよくわかります。(苦笑)

その頃、自分のことより、人のことを氣にしていたのだと思います。

“思います。”と言ったのは、その頃の僕は自覚症状すらないからです。(苦笑)

気配りが出来るとおだてられ、大きな勘違いをしていました。

人のことばかりで、今(自分)を生きていなかっただけでした。

この頃の思考が「自分中心」ではなく、「他人中心」だったのです。

 

これは親子など、身近な人との間でもありがちです。

子供にちょっかい出す親は、自分が暇(満たされない)だから相手(エネルギー)が欲しい。

または、子供が何かやらかすと自分が面倒だから監視するといったところですかね。

中には自分が出来なかったことを子供に託すなんて話もありますが、ナンセンスですね。

 

心配をやめれば、なにか違うイメージが湧くと思います。

その湧いたイメージが次の今の現実です。

これらを創造するのは全て自分です。

 

最後までご覧いただきありがとうございます。

 

 

ゆるんだハートで『今』感じたこと、まんまAction!!

「今」も・「次の今」も、心地よく楽しく。(笑)

 

出来ました。出来ました。出来ました。

ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。

感謝します。感謝します。感謝します。

 

 

参考記事も、よかったらご覧下さい。

 

不安で居続けるってさあ、完全にエネルギー不足だよ。


 

心配やめて、「ノーテンキ」や「なまけもの」いかがですか?(笑)