ご訪問いただきありがとうございます。
会社を辞め、その後ひと月だけ勤めたサロンをやめ、現在無職です。
セラピストのアカデミーも今年の6月卒業しました。
アカデミーに通っている時期も含め、時々自分に問いかけることがありました。
「これでいいのかな~」って・・・
けど、今が楽しいからいいかな~って思っています。
今日の疑問:3年以上“働かない生活”を続けている最大の要因は?
今日のテーマは僕にしか関係のないことに思われるかもしれません。(笑)
ところが掘り下げれば掘り下げるほど多くの人にも関係あることと感じています。
多分、あなたにも・・・
随分昔のことですが、僕高校生活の3年間皆勤賞だったんですよね。(笑)
時代背景も違うのは言うまでもありませんが、今は3年以上無職です。
決して自慢ではありません。
また、嘆きでもありません。
自分としては自然な成り行きだと思っています。
高校の3年間も成り行きでした。
この“自然な成り行き”が自然ではなくなっていたのは就職し、辞職するまでの期間です。
では、社会人になって何が理由で自然で居れなくなったのでしょうか?
その理由がハッキリわかりました。
それは「罪悪感」です。
「罪悪感」は「〇〇でなければ」という執着から生まれます。
これを持っているとコントロールされやすくなります。
本来の自分?での物事の判断が出来なくなります。
だから僕は「罪悪感」を手放し、今の生活を続けています。
ハッキリわたっかことは「罪悪感」(執着)が存在するかどうか?
また「罪悪感(執着)」の大きさの違いです。
高校生の時、いやその前から僕も罪悪感はありました。
組織(学校・スポーツ・地域・家族等)に対する忠誠心!?らしきものもありました。
わかりやすいところでは、スポーツです。
部活ならチームの為により誰よりも献身的に、誰よりも走ろうと常に周りを見渡し
そして、周りが何をしようとしているのかを感じ、予測していました。
意識にあっても無くても、僕らは常に“組織”に所属しています。
正確には組織に所属させられ、所属することが当たり前(会社や学校等)
更には、自発的にいろんな組織に飛び込むことで歓迎されたり
組織をつくることが素晴らしいこととされていました。(起業・団体設立等)
けどさ、組織のほとんどがピラミッド型なんだよね。
そのピラミッド型の組織の中では相互監視が行われているんだよね。
だから
組織のルールに忠実に・・・
リーダーの言う通り・・・
空気を読みながら・・・
言いたいことも言えず、感情はしまい込み、人の目ばかり気にする。
いや~この言葉大嫌いでしたねー(苦笑)
ちなみに、今は自分には関係ないので・・・
高校生までの自分は限られた中でとは言え、それとなく楽しく過ごせていました。
それが社会に出て段々と出来なくなっていた。
自分がどうしたいのかわかっていたけど、段々出来なくなっていた。
出来なくなっていた状況すら感じられなくなる時期もありました。
「罪悪感」という感情が何かに対する「執着」を生みだしていました。
目には見えない脅しのチップを自分の思考に組み込んでいました。
キッカケは確かに、組織であり、組織を操る存在の影響です。
しかし、それを受け入れてしまったのは自分でした。
繰り返すことで刷り込まれ、思考として根付きます。
がんばらないこと。
何とかしないこと。
我慢しないこと。
ある時期からこの3つを続けていました。
そうしているうちに、気付いたことがあります。
取り戻せたことがあります。
解釈が変わったことがあります。
疑問もたくさん湧いてきました。
今も湧いてきます。
そして、最近「これでいいのかな~」って考えている時にハッキリとわかったんです。
自分を窮屈にしている大きな大きな要因のひとつに「罪悪感」(執着)が存在することを。
何年も働いていない今の自分
自分自身一度も想像したことありません。
今、頭で考えても想像出来ません。
昔の頭で考えたら罪悪感でいっぱいになること間違いありません。(苦笑)
根拠はありませんが、必要だと思うことがあるならそのタイミングでやるんだと思っています。
自分のことなのに、まるで他人事のようですね。(笑)
「これでいいのかな~」って頭で思っても、ハートが「これでいいのだ!」と言っているんですよね。(笑)
もしここで、働かないことに罪悪感を感じたなら、僕は僕で居れなくなるでしょう。
「これでいいのだ!」と楽しく過ごせていた「今」は無くなるでしょう。
「働かないのは悪いこと。恥ずかしいこと。情けないこと。」と自分を攻撃しまくることでしょう。
しかし、今の僕は「罪悪感」ってヤツをあいにく持ち合わせていないようなので何の問題もありません。(笑)
持っていたとしてもほとんど影響のない小さなものでしょう。
仮にあなたが、今の僕をどんな言葉を浴びせ罵倒しようとようとも、微動だにしないと思います。(笑)
これは、この3年ほどでの僕自身の進化だと思っています。
「すげえ自己満・すげえ勘違い野郎」
そんな風に思われてもいいんです。(笑)
いろんなことに「タイミング」ってあります。
「罪悪感」を手放したことが僕にとっての大きな大きな「進化」です。
そう言えば、会社を辞める時に何人もの人に「うらやましい」みたいなことを言われました。
僕が「だったら辞めたらいいじゃん!」というと決まって「でも・・・」という返答です。
人一倍、いろんな不満を漏ら、うらやむようなことを言いつつ結局そこに居たいんです。
だから居続けるんです。
もちろん、そのことが良いとか悪いとか言っているのではありません。
ただ、少しでも楽しく過ごしたいと思うなら、何かしら工夫をすることが必要だと思います。
もし、なにかしら罪悪感を持っていると思うのであれば、その罪悪感を手放すことです。
「急には出来ない。」というのであれば少しづつでもいいのではないでしょうか?
続けることで何かしらの変化があると思います。
それをやってみた後にまた考えればいいと思います。
考えるだけじゃ何も実現しませんから。
習慣化されたものはひとつの思考であり、その思考によって自分自身の現実が創造されます。
あなたが、何かに対し・何かの場面で罪悪感を感じるなら
その時は、その罪悪感(執着)手放しちゃえばいいよ!
罪悪感(執着)を手放し、3年以上仕事をしていない僕はそう思います。(笑)
ただし、「働くことをやめて下さい。」と言っているのではないのでお間違いなく。(笑)
最後までご覧いただきありがとうございます。
ゆるんだハートで『今』感じたこと、まんまAction!!
「今」も・「次の今」も、心地よく楽しく。(笑)
出来ました。出来ました。出来ました。
ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
感謝します。感謝します。感謝します。