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ゆるんだ思考で、日常の疑問を、一緒に考えてみませんか?

今日の疑問: “討論会”とは?

ご訪問いただきありがとうございます。

 

党首討論”というものをたまたま目にしました。

テレビでもネットでも行われているようです。

見ているかどうかは別にして、“討論会”ってものにどんな印象をお持ちですか?

 

 

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今日の疑問: “討論会”とは?

 

昨日の党首討論をネットで見たのですが、今回の選挙の争点とということで、主に「憲法改正」・「外交」に議論が集中していて、そもそも解散前のM学園・K学園については、現時点でなかったことのような扱いになっていて違和感を隠せません。

 

今国会で冒頭解散が行われたことにより、選挙が行われます。

国会開催にも1日数億の税金が使われていますが、衆議院選挙ともなれば更に莫大な税金が使われます。

昨日も税金のことについて少し述べましたが、あなたが興味があってもなくても首相の権限で当たり前のように税金が湯水のように使われているという事実を覚えておいた方がいいと思います。

あなたがどんな思いで得たお金であったとしても、問答無用で日々搾取され続けています。

スキャンダルなどがキッカケで議員辞職した時は、まるで芸能ネタのように朝から晩までテレビで騒ぎ立て、スキャンダルに目を向けさせ本質的なことに目を向けさせないようメディアを使い必死です。

補欠選挙が必要になることや、その補欠選挙でどれだけの税金を使うのかの情報公開はありません。

国や役所など公務員は国民のことは監視しますが、情報公開は出来る限り致しません。

地域での役所を見ても、地域の方に本気で何かを届けようという気概は全く感じません。

まあ、そんなもんなんでしょうね。

何かをしようとすると、「『わざわざ余計なことはするな!』と責められるように止められる。」なんてことを役所勤めの人に聞いたことあります。

 

 

僕はテレビを見ている頃から“討論番組”には疑問というより不信を感じていました。

その場での主義主張・相手への非難・愚痴のぶつけ合いと、話し合いではなく、行われているのは罵りあいであり、ただの口喧嘩・対立です。

この対立も、どの部分が本気で、どの部分がやらせなのかは断定しにく巧妙に演出されています。

テレビもネットも、こういった番組を作るのには必ず主催者がいます。

また、番組にはスポンサーが付きます。

スポンサーはお金も出しますが、口も出します。

テーマ・キャスティング・演出など、全てに口を出すでしょう。

主催者とともに、それぞれの個人に発言の強要範囲・質問の許容範囲を設定していると想像できます。

おまけに、何かを解決するわけでもなく・具体的な何かを提示するものでもありません。

世論を誘導するための、言い合いをさせているだけです。

このように“討論会”というストーリーを主導している存在が誰なのか?目的は何なのか?

着目するのは“討論会”そのものではなく、“誰が”・“何のために”という2点です。

主催者やスポンサーも、連絡網のように“上”から言われたことをやっているだけです。

本当に操っている人は表には出ません。

つまり、“討論会”とは、見ている側の国民をも巻き込んだ国家ぐるみの学芸会です。

コントロールしたい存在は世論の反応を見ながら、大衆誘導の手段を変えたりします。

 

討論会を主催した側の人は、この“討論会を実施した!!”という足跡を残すことが目的です。

視聴率やアクセス数の把握はするでしょうが、それらの数字をすり替えマスコミを使って偏った報道・曖昧な報道に移り、世論の反応を見ながら次の手を打ちます。

 

これまで述べたことはあくまで僕が見てきた中での個人的な見解です。

目の前の情報に、関わるのか関わらないのか?

関わるならどんなふうに関わるのかの判断はいずれ必要です。

 

日常的に、僕らは税金という名目で搾取されたものを支配する存在によって常に搾取されています。

更に搾取はお金ばかりではありません。

「精神的な自由・ゆとりまでも搾取されていることを知っておいて下さい。」

この“ゆとり”がなくなることで、自分が望まない方向に進んでいることはありませんか?

僕はたくさんありました。

だから、そういったものから離れました。

時に意識的に・時に自然に関りがなくなりました。

思考を変えたから、見え方が変わり解釈が変わり、関わることが変わりました。

誰かの紹介だから、断れないとかもなくなりました。

場面によっては、ちょとばかり勇気が必要なこともありますが、何かを変えないと何も変わりません。

 

僕にはこの手の討論会は不要です。

関係ありません。

興味があるのは、今の自分であり、次の今の自分です。

そのための話し合いなら、相手への尊重と感謝を忘れず話し合いを行います。

あなたが関わるのは、尊重も感謝もない相手との“討論会”ですか?

それとも、尊重し・感謝しあえる相手との“話し合い”ですか?

こんな風に考えれば、自分の中の本音がいろいろと浮き出てくるのではないでしょうか?

その浮き出たものが、あなたがやりたいことであり、なりたいものかもしれません。

 

長くなりましたが、最後までご覧いただき、ありがとうございます。

 

 

ゆるんだあなたが『今』感じたこと、まんまAction!!

そしてあなたは、「今」も・「次の今」も、心地よく楽しく過ごします。

 

出来ました。出来ました。出来ました。

ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。

感謝します。感謝します。感謝します。

 

 

過去記事も、よかったらご覧下さい。

 

政府もマスコミも大企業も、キャストの中心にいるだけです。

一時の役割は重要でも、変わりはいくらでも存在します。


こんなの日常茶飯事です。(苦笑)


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