ご訪問いただきありがとうございます。
現在、子供達は夏休みを過ごしていますが、2018年春より「道徳」が「特別な教科 道徳」に格上げされます。
日常のいろんなものに隠れながら、2015年から着々と準備が進められています。
ホント見え見えの“お役所の仕事”ですね。
今日の疑問: 「特別な教育 道徳」とは?
そもそも“道徳”とは、「善」・「悪」の判断を学ぶこと??
などをはじめとしたミスリードです。いや洗脳です!
学校狂育を利用し、「思想」として植え付け洗脳するためのツールです。
「道徳」≒「思想」です。
「思想」とは、特定の存在の息がかかった“宗教的”なものであり、“集団的”なものです。
「本来の思想」とは、“私想”であり“個人的”なもの。
ハッキリ言って、余計なお世話です。
興味がある方は「道徳教育について」をご覧下さい。
これをとりまとめたのは文科省の方でしょうか?
さすがです。
「俺ら一生懸命考えてまとめたから、理解しなくていいから黙って従えばいいんだよ。」
みたいな、“注文”や“決めごと”が多い、きれいな資料です。
実に素晴らしい役所の仕事です。
あまり読む気にもなりません。
文科省?日教組?どっちらもGHQによってつくられた組織です。
ここに関わる人たちも、誰かの指示でやっているだけだと思いますが、その誰かの指示を“思想”として植え付け、「個人の思考」にまで介入しようとするのはいかがなものでしょうか?
「道徳教育について」という資料はサラッとしか読んでいませんが、根本的に深読みする氣になりません。
結局は「こうするのが良いこと・当たり前・普通」ってことを羅列していると思います。
作り手の、「こうするんですよ。」・「これ以外は悪いこと」という“過去の常識の書き換え”や、“新たな常識の敷設”をし、子供たちをコントロールし、そこからは外れる子を「ダメな子?」というレッテルを張るつもりでしょうか?烙印を押すつもりでしょうか?
また、大人に対しては、「子供がちゃんとしているのですから、大人の皆さんもシッカリしてくださいね。」というメッセージだと思います。
“誰かの言う通り意志統一”することが良いことのように。
“誰かの言う通り意志統一”することが当たり前のように。
“誰かの言う通り意志統一”から外れる子が「ダメな子=恥ずかしい」と洗脳するように。
ミッション系の学校に通っていた人に聞いたのですが、“宗教の授業”があって、それは一般の学校で言うとこの“道徳の授業”で、もっと言えば、常識・道徳・倫理など、全ては「宗教に含まれる」という教えのようです。
組織的にやることって“全てが宗教的”ですよね?
「思想」は誰かから刷り込まれるものではなく、自分が創造する「私想」であり「思考」です!!
誰かと同じ時もあれば、違うことがあって当然です。(笑)
今までも教育についてはいろいろ言ってきましたが、「ここまで来たの?」と言うのが印象です。
今回は、小中学生を対象にした「特別な教育 道徳」についてですが、僕らの日常にはこんなのがたくさん隠れています。
知らないが故、嫌な思いするかもしれません。
知らないが故、不安になるかもしれません。
知っているからと言って、そこに共振し対立しても楽しい状況は訪れません。
自分が楽しめない情報は、知って無視します。
そんなことより、「今を楽しむ・今を心地よく」これが、“ゆるみすと”の生き方です。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
ゆるんだあなたが『今』感じたこと、まんまAction!!
そしてあなたは、「今」も・「次の今」も、心地よく楽しく過ごします。
出来ました。出来ました。出来ました。
ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
感謝します。感謝します。感謝します。
過去記事も、よかったらご覧下さい。
「学校教育は要らない!」という子もいます。
「狂育」は不要です。必要なのは「自習」ですね!!(笑)
好きなことを学んでいます。そして、仕事にしようと思っています。(笑)