学生・社会人とも3か月という時間が経過し、時間の経過とともに見えてきたもの・感じたこといろいろあると思います。なんで、そこを目指したのでしょうか?
高額な教育費を納め、人によっては長期の奨学金返済をし、目指す理由ってなんなんでしょうか?
本気で望んでいることなのでしょうか?
そしてそこでの時間は楽しいものなのでしょうか?
Q.「いい学校」「いい会社」ってなあに?
A.個人が尊重される横並びの学校・会社です。
親をはじめとした大人たちの教え
生まれた時から英才教育とか言って、A親がやらせたいことをA子供にやらせる。時間がたち、A子に好きかどうか?やりたいか・やりたくないかの意思確認をしない。この時点で子供は親の持ち物となっています。
そしてB親・C親と情報交換をします。
B親はA親の話を聞き、「負けないわよ!」な~んて言葉にはしないけど競争意識が芽生えちゃったりします。また、C親は「うちはそんな余裕ないわ」と、したくても出来ないという不満を漏らします。それが日々、公園などでの井戸端会議みたいなもので繰り返されています。
ここで、親のエゴにまみれた『競育』と『恐育』という2つが子供に擦り込まれています。
関わる人が多くなれば多くなるほど複雑に絡み合って、競争・対立が起こります。
評価・評論
人の数だけいろんな考え・意見があると思います。
ですが今、学校ってところで『勉強』っていうほんの一部分で、子供が格付けされ、出来る子・出来ない子という頼んでもいないレッテルを貼られ、あなたはこの学校がいいとか、お金がないから無理ねとか、そんな評価・評論ばかり。(大汗)
そして、『勉強』っていうたった一つの物差しで順番をつけられ、「いい学校・いい会社に入れるよにしなさい!」という刷り込みをされてきた大人たちが、それがいいことのように子供に擦り込んでいます。
過去記事:人はどうして働くの?【vol.1~3】
多くの人達は
偏差値の高い学校・大企業を、『いい学校』『いい会社』
と言ってるように強く感じます。
そしてそこに所属する人たちも誇らしげにいます。
時に周囲をあざ笑うかのような人たちもいます。
完全にバカにしている人もいます。
逆に、そこに入れない人もうらやましく思っています。
妬んでいます。自分の置かれた環境を恨んでいる人もいます。
多くの人達が言う『いい学校』『いい会社』
大学入るまでは、『いい学校』を目指し、競争がめちゃくちゃ激しい状況で、その後4年間は大学で遊ぶ!?印象があります。
そして就活の時期になるとまた、新たな競争が始まり、『いい会社』を目指します。
その間に体験するもの・得るものってなんでしょう?
もちろん人の数だけなのですが、個人の印象としては、「損得勘定」を、思考することなく瞬時に判断するスキルを身に着けている!というのが印象です。
つまり、生まれた時からピラミッド組織・社会で生きていくために育成されているのです。
それが多くの人が言う『いい学校』『いい会社』ではないでしょうか?
そして『いい会社』に辿り着いたことを自慢に思いながら、「あいつらよりはマシだ!」なんて言いながら、愚痴や不満を言い続けて過ごしているのではないでしょうか?
中には、ずる賢さを磨き続けて楽しく過ごす人もいるでしょう。
逆にそこを離れる人もいるでしょう。
もちろん良し悪しはありません。
今日のおさらいです!
「いい学校」「いい会社」って個人が尊重される横並びの学校・会社です。
多くの人達が言う『いい学校』『いい会社』というものではないものが、本物だと思います。
登校拒否とかいうと、ネガティブな報道されますが、むしろ、個人が尊重されないピラミッド組織に、強烈な違和感を感じているわけですから、僕はそういった子の方がハートのセンサーが正常に働いていると思います。
そもそも、今ある多くの学校や塾は必要ないと思います。
だって利権や既得権益にぶら下がってる人達のために存在しているだけですよね!?
それが上手くいかなくなり、定員割れの大学・塾、借金まみれの大学・塾ありますよね!?
これだけ情報が溢れた今は、もっと個人が尊重され、楽しめる場所が必要だと思います。
学校・会社という表現だとちょっと違和感がありますが、昔の寺子屋みたいな場所とか、何かに特化したコミュニティとか、地域の人達だけで日常生活を全てまかなうがいいのかな~と、なんとなくですが思っています。
個人の尊重についての過去記事です。
「 競争」も「対立」もない、本当に平和な日常がおくれたら、みんな幸せだと思います。
だから、「 競争」も「対立」もしない、そんな『今』を過ごしましょう!
ゆるんだあなたが『今』感じたことを、まんまAction!!
あなたの今が、今より心地よく楽しく過ごせますように。
そして次の今も、心地よく楽しく過ごせますように。